「自分の中に毒を持て」を読む

私は故岡本太郎が好きだ。
といっても、彼の作品についてはあまり詳しくないので絵や彫刻のここが良いという話では無く、彼の生き方や繰り返す主張していたメッセージが私がモヤモヤして自信を持てずにいたことをはっきりと解決してくれるからだ。
この本は著者が亡くなる3年前に書き残した文庫本であるが、参考になった部分を私の解釈で一部紹介させて頂く。

まずは幸福の意味について
-僕は”幸福反対論者”だ。幸福というのは、自分につらいことや心配なことが何もなくて、ぬくぬくと、安全な状態をいうんだ。
~中略~
ニブイ人間だけが「しあわせ」なんだ。ぼくは幸福という言葉は嫌いだ。
ぼくはその代わりに”歓喜”という言葉を使う。
危険なこと、辛いこと、つまり死と対面し対決するとき、人間は燃え上がる。それは生きがいであり、そのときわきおこるのがしあわせでなくて、”歓喜”なんだ。

これは大学で経済学の講義を初めて受けた時、講師が「経済学という学問の目的は”生活の豊かさ”が根本的にある」と言っていた事を思い出した。
ありとあらゆる対象をサンプリングしてデータにし、統計的推測を用いて現在・未来の状態を考察して、「よりよい生活を」と言いたいのだろうが、私は違うと思った。
なぜ幸せの追求である経済が発展している先進国が電車で暗い顔していたり、心ない残虐な事件を起こすのか、どうもこの発言には矛盾を感じていて、豊かさの追求の中に心の豊かさは含まれていないのではと思っていた。
岡本太郎は「芸術は呪術だ」というし、「生きるという営みは本来、無条件で無目的である」とも言う。
「しあわせ」という状態に、必ず絡んでくる「生活レベル」。(口では言わないが、殆どの人は結局のところ生活の裕福度=幸せレベルで計っているだろう)
今の受験戦争、格差社会、アウトソーシング どれもこれもカネに纏わる話だ。
受験戦争がカネと関係無いと思う人もいるかもしれないが、彼らは特に学びたい学問があるのではなく、それよりも自分にハクを付けたいという動機が圧倒的だ。

岡本太郎は「生身で運命と対決して歓喜するのが本当の生命感。合理に非合理をつきつけ、目的的思考のなかに無償を爆発させる。あいまいに、ミックスさせることではない。猛烈に対立し、きしみあい、火花を散らす。それによって人間は、”生きる”手ごたえを再びつかみとることが出来るだろう。」という。
合理的に処理しようと発展した結果、人間が考える事をやめてしまったのだ。
年老いたお偉い教授も、我々若者に対しネットがあるから自分で調べる事をしないような言い方をする。そういった傾向が見られる人に言うのは自由だが、まだ何も話していない初めて会った人に失礼だろう。
そういった先入観でものを言う人は置いておいて、合理的に事を進めるよりも情熱的に物事と”対決”したほうが、不合理でカネにならないかもしれないが、生きる意味を考えると決して無駄なことではないように思う。

続いて男女関係について
-恋愛と結婚とは全く別の事だと思う。
むしろ、”結婚は恋愛の墓場”というのは当たっている。結婚すると緊張もなくなり、双方安心してしまうので、もはや燃えるものはない。
~中略~
とかく妻子があると、社会的なすべてのシステムに順応してしまう。たった一人ならうまくいこうがいくまいが、どこで死のうが知ったことではない。思いのままの行動がとれる。
家族というシステムによって、何の保障もされていないことが、真の生きがいであると思う。
だからぼくは独身を通してきたのだ。
これを女性の側に立って言えば、”本当はこっちの人が好きなんだけど、社会的に偉くなりそうもないし、あの人と結婚すれば、将来の生活が安心だから・・・”などという結婚は、極端にいうと一種の売春行為である。

よくぞ言ってくれたと言えばいいだろうか。男と女の話は今も昔も似ていて進歩していないのが興味深いが、とある哲学者は「結婚は世界史に残る女性の革命的な勝利だ」と言っていた。
岡本太郎の純粋っぽさというか、あの独特のキャラクターは、彼の恋愛感を見ても伝わってくる。
彼は世界中の女性と同棲しているが、生涯独身である。この上記の発言は、岡本太郎だからこそ言える言葉かもしれない。私がこんな事を主張して、女性にソッポを向かれても、それを貫けるかどうかは別問題だ。

だが、後半部分の「一種の売春行為」という表現は素晴らしい。
最近はセレブという言葉がテレビでも周りでも流行しているが、タレントのセレブ婚に、「勝ち組」やら「負け犬」という分類の仕方、さらには昨日友人が言っていた「セレブコンパ」の存在を聞いていて、なんでもっと大切なモノが分からないかと思っていた。
生活が安心だからとかで相手を選ぶのは、相手を愛していない証拠である。

ほかにも、作品展で見に来た人が見てすぐ「あら、いいわね」というのは「どうでもいいわね」と同じ事だと言って見せたり、岡本太郎で無ければ叩かれかねない刺激的な言葉が並んでいるこの本は、疲れている人が読めば栄養剤よりも心の奥で何か晴れると思う。

1 Reply to “「自分の中に毒を持て」を読む”

  1. ”本当はこっちの人が好きなんだけど、社会的に偉くなりそうもないし、あの人と結婚すれば、将来の生活が安心だから・・・”などという結婚は、極端にいうと一種の売春行為である – 岡本太郎 http://bit.ly/9rYYI8

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