喫煙モラルの瓦解2

私が生まれるはるか昔、タバコは市民のごく一般的なたしなみであり、「今日も元気だ たばこがうまい!」という広告の存在が証明する様に、日常生活に深く浸透していたと思われる。

前回に引き続き、喫煙行為について自分の思う事。
今回は嫌煙系のワードで検索結果トップのブログを嫌煙者の意見として、「歩きタバコやめて下さい」の記事、コメントを分析しつつ「嫌煙者VS喫煙者」では無く、「禁煙者and喫煙者」の立場から考えを述べていく。

まず初めに、私は「歩きタバコ」、というか喫煙者嫌煙者含めて人がいる路上で喫煙する事には大反対であるということ。
そして、子供の目の前で親が吸ったり、未成年者がいる所で喫煙して、未成年の喫煙を助長するなどに対しては、「At your own risk」(自己責任)を基本としている。
なぜかというと、問うべきテーマはあくまで「禁煙者and喫煙者」であり、そういった個々の事例は各々の感情に左右されやすく唯一無二の宝物である自分の子供の前で、煙を吐けるかは親自身が判断する事であり、未成年者については善悪がまだ判断つかない子供は別として、大人に見られたくて手をだす中高生などは自らが判断すべき事だからである。
それを嫌煙者の主張のツールとして乱暴に持出してしまうと、喫煙者にまず理解は得られないだろう。

ブログの管理人「タバコの匂い大嫌い」さんの考えがまとめている「勘違いしている人へ (これを最後に読んで二度と来ないでください)」を読んでみる。
果てしなくタバコが嫌いな方なんだなぁと思いつつ読み進めると、二者の共存や受動喫煙の問題への解決は最初から望んでいないと伺えた。

マナーの悪い喫煙者に対し、
「中毒者」
「肺がんで死んで欲しい」
「肺皮腫で死ぬのを願う」
「沢山吸って早く死んでしまいなさい」
と、歩きタバコを嫌う私でさえも不愉快な内容が書かれていた。
後半には禁煙の館内で喫煙している人の盗撮したと思われる画像も貼り付けられていた。無許可で、喫煙者に対し非常に排他的なブログに貼り付けられた人に同情すら感じてしまう。

それより何より疑問に思う事は、主張を見方の前でしか述べない点である。
現在ついているコメントは57件。その中でも「エモ」さんの主張に最も共感した。

以下、エモさんのコメントを引用

残念というか、悲しいというか。
貴方の意見が知ろうとして「死ね」なんてフレーズが飛び出るとは思わなかった。私は貴方の意見を聞く選択はしても罵詈雑言まで聞く選択はしていない。

どんな人が見るかも分からない公共の場で不適切な発言を垂れ流すのもいかがなものかと思います。これでは、公共の場で紫煙を垂れ流す人達と同じレベルではないですか。
もしこのページを見た子供が、煙草を吸う親に対して「肺がんで死んじゃえばいい」と言ってしまったら、言われた親はどれほど悲しむでしょう?ええ、煙草を子供の前で吸っていた訳ですから自業自得であることは十分理解しています。しかし、もし貴方が別の表現をしていたら子供の発言は変わっていたかもしれません。

貴方の歩き煙草に対する思い、私は正しいと思う。
だからこそ、ご一考下さい。
「煙草の煙は喫煙室の中で、罵詈雑言は心の中で」ですよ。

丁寧にかつ論理的で指摘し、「罵詈雑言まで聞く選択はしていない。」については最早指摘する側の優しささえも感じた。
禁煙者の主張する「子供」話を、煙が見えるリアル社会のみならず、汚い言葉で批判する禁煙者の表現にも悪影響があることをキチンと説明している。
このコメントの後、管理人の返答を一部引用すると、

無視すればいいのに。馬鹿だと思うブログ全部にかきこんでますか?そっちのほうが馬鹿丸出しじゃないかな。

反論はいらないのに。このブログに反論するエネルギーがあるなら、歩きタバコに注意してください。

とあり、次に嫌煙者のコメント

>もし貴方が別の表現をしていたら子供の発言は変わっていたかもしれません。
そんなこと解りません!(きっぱり)

>公共の場で紫煙を垂れ流す人達と同じレベルではないですか。
ここの管理人さんは、公共の場で(ネット社会全体で)垂れ流していません。
このブログ内と、もう1つだけ、ホワイトTBプロジェクトにとどまっています。
垂れ流した状態って、ネット広告だと思うんですけど?
流れてましたっけ?このブログのネット広告。
同じレベルにしたのは、あなたでしょ?

が投稿された。
間違いなく管理人さんは公共の場で「垂れ流し」をしている。
最近のGoolgeのインデックススピードと、World Wide Webの意味を理解していればすぐ解る事だと思うのだが、自分で宣伝しない限り他に影響しないと思う辺りが気軽にブログを作れてしまう現代の重大なリスクなのだ。

そしてエモさんのコメント

私は「タスポ 喫煙」の文字列で検索してここに来ました。
検索エンジンとは、与えられた文字列が含まれているウェブページを検索するものというのは皆さんご存知だと思います。
キーワード検索で誰もが、時には意図せずアクセスする可能性のある場所。これを公共の場と呼ばずして何を公共の場と呼ぶのですか?
ネットワーク上に記事をアップロードしている時点でネット社会の一部です。閲覧を強制するものばかりが公共の場ではありません。
それとも、「垂れ流す」という単語がダメなのでしょうか。「ネット社会に属する誰もが目にすることが出来る状態にする」と言い換えることも出来ますが。

つまり、ここの管理人の方がどうしても罵詈雑言を書きたいのならば、紙の日記に書いて鍵のついた引き出しにでもしまっておいてくださいと。そう言いたいんですよ。「自分の部屋で喫煙し、煙を外に出さないように」と言う様に。

子供に関しては蛇足でしたね。自分の子供に死の概念は教えても
「人に対して死んでほしい(逝ってほしい)と思う」事は教えたくないのでつい書いてしまいました。まぁ、理想論ですけどね。
親に対して言うべき言葉が見つからない。
ふと思いついたのが「死んじゃえばいい」
この流れを素直な気持ちだから仕方ないと考えるのが普通であるのならば、私は異常で構いません。そんな育て方をしたのは親なんですから同情しづらくはありますが(笑)

歩き煙草反対と言う考え自体は賛同すべき素晴らしいものなのに、残念でなりません。


この辺りから喫煙行為よりも論点がネットワークが意味する所に切り替わってきている。
>管理人の方がどうしても罵詈雑言を書きたいのならば、紙の日記に書いて鍵のついた引き出しにでもしまっておいてくださいと。そう言いたいんですよ。
まさにその通りである。

この後、他の人が「紙の日記」ネタこそが罵詈雑言なんだという理解に苦しむコメントの後、管理人さんから返答がくる。

エモさん、ご自分はなにか社会をよくしようと努力していますか?
まさか、このブログの管理人の意識をかえることじゃないですよね?

歩きタバコをしている100人の人間にむかって、大きな声で注意しているひとがいて、「あなた、声が大きいから小さい声で注意してください」といっている人がいれば、それはあなたです。

たとえば、タバコを吸っている人に対して、別の方法で注意するというほうこうで、アクションをとってみてはどうでしょう?

ちなみに、あなたのように思う人はいますが、かりにこのブログのそういうやりかたが不愉快であれば、こなければいいんですよ。ここでも書いてあるように。私が問題にしていのは、このタバコ問題、回避できないんですよ。分かります?朝起きて、会社いくときにタバコの臭いにさらされます。カフェにいっても、タバコを吸わされ、さけることができないんですよ。

エモさん、あなたのパソコンが、かりに、立ち上がったら常に私のブログを開いて読まないといけないのでしたら、別ですが、そうでないのであれば、最初に書きましたが、わたしにああしろこうしろいうまえに、歩きタバコをする人に毎日一人くらい注意してください。そして、そのときに顔を殴られないように気をつけてください。

内容が不愉快であればこなければいい。
これは違う。それなら煙が不愉快なら外に出なければ良いも通用してしまう。
公共の場だから○○は禁止は、現実社会のみならず匿名性のあるネットワーク上にこそモラルが求められる。

エモさんによる回答

管理人さんのブログに現在1日何人アクセスしていて、そのうち何人が初アクセスの方かは管理人さんしか知り得ないことですが、現在検索エンジンにおいて「歩きタバコ」と検索すると管理人さんのブログはgoogleでは4番目、MSNでは1番目、yahooに至っては該当する300万件中4番目といずれも高い位置にあります。(「高い位置」は検索結果1ページ内を指すこととします。企業もウェブページが1ページ目に表示されるかどうかで大きな影響があるらしいです。)
今後何かのきっかけでメディアで歩き煙草関連のニュースが大きく報道された場合、アクセス数は跳ね上がり報道される期間によっては100、200どころではなく千や万単位の増加もあり得ます。
その影響力の強大さを知った上であえて書いているのであれば、最初から私のような者が口を挟む余地など存在しません。
批判にしても見当はずれもいいところだし、管理人さんの手を煩わせるだけですので返信は結構です。

有力検索エンジンすべてが検索結果トップに出るとは驚きである。
タバコにまつわる問題は、大人全体が興味あるないにせよ「知ってはいる」。

エモさんは嫌煙ブログを意図的に書いているのであればどうこう言うつもりは無いのだが、見たい人だけ来てくれればいいと言っているのにも関わらず禁煙グッズをアフィしたりランキングサイトへ登録したりと明かに主張を拡大させる活動をしているのではないだろうか。

その後グーグルで何番目に出ようと、クリックするのは選択と、管理人さんらしい返信をされていた。

嫌煙者の嫌がる気持ちは、私が想像する以上のものだろう。
だが、ヒステリックに相手の意見を無視していては絶対歩み寄る事は不可能に思う。
このブログにエモさんのコメントを読む前は私もコメントしたり、トラックバックを送ろうと思っていたが、管理人さんの意向に沿って通知することは一切やめておいた。
だが、数日もすればこの記事はクローリングされ、いずれは「禁煙 嫌煙」などのワードでひっかかる日が来るだろう。私自身が望まなくても、no followしない限りこの情報は公共の場に公開されるのである。

私の提案は、喫煙所で完全に分煙を行うのであれば、徹底的に間仕切りをし、その数を今の二、三倍にして分散する必要がある。人口の3割いるのに、喫煙所が少なすぎるので、問題が起こるのだ。

渋谷駅が問題例として想像しやすい。
ハチ公前の喫煙所には当然ながらかなりの人が集まる。100人以上はいると思われる屋外喫煙所で全員がタバコを吸えば、当たり前の様に駅前全域ヤニ臭くなる。この場合、排煙設備を充実させるか、屋根付きの密室空間を用意するか、或いは喫煙者の「定員」を設け、定員オーバーしたら吸い終わるまで待つなどするかしないと、我々喫煙者も「吸っていいと区で認められた喫煙所で吸っている迷惑かけている」感覚から抜け出せない。
そして、路上喫煙や公共施設の館内の喫煙は、明らかに迷惑行為だという理屈は、誰もが納得しうるだろうが、公共施設・公園の全面禁煙というのは無理がある。個の問題であればタバコの煙は悪であり、すぐに禁止できると思うが、実際は全人口の3割り以上とかなりいる。完全な禁煙社会が不可能である事と、タバコの所持を法規制してしまう世の中になってしまったら、それは民主主義国家の崩壊を意味している。

冒頭に書いた、かつて一般市民の生活の一部であったタバコがなぜこんなにも嫌われ者の代表格になってしまったのか。
この問題は絶対的に解決できない理由がある。
それは、我々喫煙者の主張の9割が聞く耳をもたれない所にある。

・事の「正しさ」「世界での常識」を説明する際によく使われるツール「欧米ではナニナニ」が、禁煙者に軍配を上げている点。
・物理的な被害を受けるのはやはり禁煙者の方なので、喫煙者を差別的な扱いで見ようが世論はそれを無視する。
・そして喫煙者の意見には「自己中」「中毒者の理屈」というレッテルをはる事に終始し、論理的な反論がなされてない場合が多い。

上記三点は喫煙者側の意見が新書になってしまった「禁煙ファシズムと戦う」と、そのamazonレビューの内容、支持者の内訳を見れば、その問題点の縮図が見え、いろんな意味で今の日本人の知力が現れるYahoo!のみんなの政治状態である事が伺えるだろう。

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