Drafting and design Part1 [Ueno with No face]

大学生活最後の設計製図課題が先月末から始まっている。
これが終わると卒業設計なので、学校課題としてはこれが最後である。

最後に選ばれた地域は台東区上野。
ここに各自敷地を選んで用途を決め、建築的な提案をしていく訳であるが、規模が過去に比べて非常に大きい。
現在は最初のフェーズとしてリサーチ作業がメイン。
大体大まかなアウトラインが整いはじめたのでまとめておこう。
内容は何をやりたいかという段階以前よりも、私には上野という都市がどう映るかについてが中心である。

Chapter 1 「上野はなんの街?」

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秋葉原であれば「電気街」、「ヲタクの聖地」etc…などなどアキバと聞けば大体はエレクトリックでカオスなイメージを抱く様に、有名な地名にはそれを象徴する”何か”が存在するものだ。上野の歴史を紐解くと、現在上野恩賜公園がある上野台地には寛永寺という高名なお寺が存在し、巨大伽藍を形成していたのである。

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有名な寺院・神社には必ず門前町という人々が賑わう場が付随しているもので、浅草寺であれば仲見世通り、鶴岡八幡宮といえば鎌倉小町通りと、それらは一対一対応で結び付けられている。
それはそのままその地名のシンボルでもあり、浅草と聞けば浅草寺の雷門を思い浮かべるだろうし、大須といえば間違いなく大須観音が真っ先にイメージされ、寺院をスタートに栄えた街はその対応が現在でも色濃く残っている。

その寺社⇔門前町という関係性に着目すれば上野のスタートは寛永寺なので、当然ながら「上野はなんの街?」と尋ねれば「寛永寺があった場所」と殆どの人が答えると思われるが、実際は全くそうではない。

上野と聞いて抱くイメージ。

パンダ、動物園、博物館、美術館、不忍池、芸大、東照宮、ドヤ街、似顔絵屋、ホームレス、バイク街、谷中霊園、朝顔市、西郷隆盛像、ソープランド、骨董市、アメ横、旧闇市、文化会館etc….
それは門前町としての上野ではなく、上記の様に色々な顔を持つ変わった都市。

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上野駅は東北新幹線や山手線を筆頭に膨大な数の電車が絶え間なく行き来する鉄道の要である。
しかし、そんなBIG STATIONの目の前に静かで巨大な公園がある。これは都内で上野だけの珍しい特色のひとつである。
キムチ横丁や佐竹商店街等、数え上げればキリが無いほど上野は「グチャグチャ」している。
中には表に出したくない不名誉な文化もあるかもわからないが、それらをひっくるめてもんじゃ焼の様な旨さが、私が見ている上野なのだ。
従って、アキバが神田という地域性から現在のようなエレクトリックな姿に変貌した原因が「現代性」にあるとすれば、上野は寛永寺の消失から様々な歴史的経緯を経て形成された「妥協と自発性」に満ちたカオスであるといえる。

それぞれが互いに関係し合ったり、無視したりして出来上がってきた上野を、キチンと整備したり観光施設を作ったりするようでは、せっかくの上野の魅力が半減してしまうと思った。
という訳で、まずは特色が見当たらない場所とその要因を抽出し、最も自分のプロジェクトとして魅力ある解き方が出来そうな場所は「JR上野駅入谷口周辺」であるとした。

Chapter 2 JR上野駅入谷口周辺

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JR上野駅は東京都を代表する巨大な駅である。
京浜東北線、山手線、東北本線、高崎線、上越線、信越本線、常磐線、東北・山形・秋田・上越・長野新幹線+東京メトロ2本と、立体的に組まれた線路を膨大な数の電車が行き来する。
東北地方の人達にとっては上野駅は東京の入り口として認識され、新幹線は上野駅を目指しダイナミックに地下へ潜り込む。

改札がたくさんあれば当然出入り口もいたる所にあり、しのばず口、公園口、山下口、広小路口、正面玄関口、浅草口、東上野口、入谷口と、カオスな特性上出口それぞれに客層が異なっている。
ダイレクトに東京文化会館前へと続く公園口は動物園へ向かうファミリーやカップル、又公園を愛するご年配の方までなごやかな雰囲気。
上野公園入り口や商業圏につながるしのばず口、山下口は若者から老人までそれぞれ目的を持つ人がしのばず口前の交差点で入り乱れ、京成上野駅出口と混ざり大都市らしさ全開の印象。
そして正面玄関口、浅草口は計画が失敗と思われる駅前を走る首都高が邪魔をしてか、ジュエリーブリッジが巨大なランプを形成し、行政区画に入る職員や上野二丁目のオフィス街へ向かう会社員など中心の静かで早歩きなイメージ。人は終日決して少なくなく、交通手段としてのジュエリーブリッジは十分に機能してるといえる。

では肝心の入谷口はどうだろうか。
画像を見れば一目瞭然であるが、通勤ラッシュを除いて人が少ない。ちなみに画像は土曜の午後撮影したものである。
周辺にショッピングモールも観光名所も無く、今は元気が無いバイク街へは一番最寄の出口であるが余りに人の往来が少ないのである。
どの出入り口にも良かれ悪かれ「○○っぽい」というイメージが沸くのだが、入谷口に限っては閑散としていて元気が無い。
商業圏が広がっていないという点では玄関口と性格が似ているのだが、出てすぐにはオフィスビルと巨大な駅事務棟にはさまれており、人気が少ないのは当然の結果ともいえる。
この周辺に一体何をすれば、どんな事が起こりうるのだろうか。

Chapter 3 門前町のロジック
少し話が反れるが、面白い記事があったので紹介させていただく。

こちらの西村さんの分析を拝借して、門前町は廃れない確固たる理由が存在する。
記事では善光寺が上げられるが浅草寺の仲見世もピタリとそのロジックが当てはまるので、上野にもどこか応用が利きそうな気がするのである。
詳細は執筆者ご本人様の記事を参考して頂くとして、私の解釈でまとめると以下3点の通り。

1.CI計画がやりやすい
その街が持つ意匠性をオブジェクト(今回でいう寛永寺)に合わせる事で、ある種のテーマパークが形成され、地域に一定の方向性ができあがる。

2.商業圏と競合しない
商店街というと大型ショッピングモールが競合相手(今回でいうアメ横センタービル、マルイ、上野松坂屋)と考えられるが、商店街にショッピングモールで売っているソレを買いに来るひとは殆どいない。
仲見世でいえば雷おこしや人形焼、朝顔を買いに来る。
仮に大型デパートが同じ商品を大量仕入れで安く売ったとしても、門前町が持つ価値(祭礼、縁日、神社仏閣そのもの)には敵わず、こういった商品は焼き芋の様に買う”場”がどこかが重要である為、共存に無理がない。

3.復路という動線が発生
一般的に門前町には、目的地となる神社仏閣が一番奥にあり、観光客の殆どは商店街を見つつ、寄り道をせずにまずはそこを目指す。参拝が終われば同じ道を戻り、ブックマしたお店に立ち寄っていくだろう。
これはビジネスとしてこのうえないおいしい動線なのである。

さて、既に門前町っぽさが薄れた上野にこれらは成立しうるだろうか?
私は難しいと考えている。
なぜなら肝心要の神社仏閣が現在は国立博物館になっており、存在しないからだ。
その奥に埼玉から移設された寛永寺根本中堂があるが、観光対象としてのバリューはお隣の浅草寺と比較すると一目瞭然である。
上記内容は寛永寺の歴史的意味合いを軽視しているのではなく、商業的魅力として比較しているので誤解なきよう。
円通寺にある黒門も本坊にあった黒門も戦争の傷跡が残る魅力ある文化財であることには変わりは無い。

Chapter 4 逆手に取る

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入谷口のみが明らかに人気が少なく、更に寛永寺という絶対的な観光名所が現在は姿を消して、関連建物が上野公園内にチラホラ散見する中、新たな神社仏閣的な目標物を入谷口が最短で結べる様に計画したとしても、全体的で絶対的なチープ感から逃れる事は不可能であろう。
不忍池が一時農地であったり、または競馬場であったように、或いはアートと歴史的意味合いは無い上野台地に巨匠建築家達がこぞって美術館や博物館を寛永寺の旧伽藍に配置した事で「アートな上野」が計画的に作り出されている様に、人が賑わう場所には色々な人の手が入って現在の形態になった事実がある。
r1012601入谷口は少し歩けば朝顔市で有名な入谷鬼子母神にアクセスできるものの、日比谷線入谷駅が超至近な為、入谷の名前を関するも人々が描く下町情緒溢れる姿が線路沿いには存在しない。
人気が無く、交通量も少なく、さらに鉄道関係で有名な岩倉高校がある為、今後騒音を出す(カラオケボックス等)ような用途をもつ建物が作られるとは考え難い。

ここで導き出される回答は、「会社員の為の上野」としての上野公園とはまた違ったおとなしい新たな顔である。
幸いか不幸か解らないが、入谷口から両大師橋へはオフィスビルが9割を占めている。
線路が原因か台地という特性上の運命か窺い知ることができない東西に分断された上野で、駅に接続されたパンダ橋を除くと、純粋に上野駅の膨大な線路を飛び越える立派な陸橋は両大師橋のみしかなく、さらに橋を超えれば旧本坊前の江戸時代から残る歴史ある道路に接続され、ここ一帯がほどよく人で賑わえば、パンダ橋に変わる”ちょっと”遠回りな上野公園への散歩道として、あるいは撮り鉄に優しい電車見学スポットとして、そして会社員が集まる息抜きor多目的空間として、少なくとも車しか通らない現在よりは名所になり得るポテンシャルは十分に備えていると考えている。

現在はJRの倉庫として使われている陸橋手前のランプ下を取り除くと、線路の目の前に細長い敷地が生まれ、GLからは見る事が出来ない電車が全て見えるようになり、いじりどころ満載なのである。(画像下)

敷地と大まかなプログラムの決定まであと2週間あるのでまだボヤけているが、両大師橋を中心に都市形態の因果関係を更に掘り下げていこうと思う。

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