NirvanaとTHE BLANKEY JET CITY

私が中学時代ハマっていた曲を最近思い出し、その時嫌だった事と楽しかった事を思い起こしながら今になってよく聞いている。

特にNirvanaは何回聴いたかわからないくらい聴いていた。
地元の駅前でひっそりと店を構えていた中古レコード屋さんに立ち寄った際、当時Nirvanaの存在を知らなかった私が変わったジャケットが気に入って購入したのはあの「NEVERMIND」。

No music,no lifeな人間では無いので音楽命なガラじゃないのだが、当時趣味で友人とロックバンドを組んでいてJPOPのコピーをしていた事もあり、コードがどうのこうのブツブツいっていた矢先一曲目の「Smells Like Teen Spirit」が耳に入った時の衝撃は今でも忘れない。

F→Bb→G#→C#と至ってシンプルなコード進行な割りに、歌いだしとサビは全く違うように聞こえてかっこいい。
「かっこよさ」の秘密を探ろうとすぐに楽器屋へ行きタブ譜を購入し、左利きの私はそれを鏡に写して弾いてみる。
CDの様なあのディストーションが思うようにかからず、何とかエフェクターで近い音が作れるも今度は技術が着いてこない。
当時タブ譜はあまり出回って無かったので隣町の楽器屋まで自転車を3時間こいで行った事もあったが、今はクリック1つで見られるようになったようだ。便利になったものだ。

そして一番お気に入りの曲。「Lounge act」

これよりかっこいいベースリフは聞いた事が無い。
メロディ自体にストーリー性と意外性があり、サビへの繋がり方が絶妙なのだ。
言葉で書くと安っぽいので00:30秒くらいからを聴いてもらった方が早いだろう。
この独特のグルーヴィなメロディラインもさることながら、歌詞が独特で興味深い。

特に後半の
I’ll arrest myself and wear a shield. I’ll go out of my way to make you a deal
We’ve make a pact to learn from who ever we want without new rules

俺自身を俺が拘束して防護服を着て自分の道から外れていくのはおまえと取引をするためなんだ
俺達は新しいルールが無くても欲しいと思いさえすれば何でも学ぶ事が出来るっていう条約を結んでるんだよ
(※mrkutai直訳)

という部分。前後を聞いてるとgrunge of grungeの様な感じがするのである。
伝説的なロックバンドのボーカルは、自ら頭に銃口を向けて自殺をした。
遺書には「It’s better to burn out than to fade away」(錆付くより燃え尽きるほうがマシ)とあったそうだ。

音楽家も作家もそうであるが、本人は好きな事をしたいだけだとしても価値を生み出す人間を周囲は放っておかない。
その才能は金になり公共性が増し「自分だけの」というパーソナルな領域が強制的に排除され、「誰かの期待に応えなければ」という強大なプレッシャーの中を生きていくしかないのだろうか。
それに嫌気がさしたボーカルのKurtは自殺を選択した。

同列に比べるものでは無いかもしれないが、日本人の現代芸術家:村上隆は天才的な部分と一般人がもちそうな部分の両方をコントロールできている稀有な例なのかもしれない。(参考:芸術起業論

そして我が日本発の「理屈抜きでカッコイイ」代表格は、私にとってはBJCであった。
その中でもとりわけ好きで聴いたのは「赤いタンバリン」

と、私が上京後に発表された浅井健一氏ソロの「危険すぎる」


ベンジー(浅井健一)さんほど「理屈抜きでかっこいい」音楽を体現している人はなかなかいない。

思う事は、この世は分野に限らず天才がいるという訳ではないということだ。
イチローにせよイサムノグチにせよ、一般人からみると所謂「天才」と称されている人は常に「プレーヤー」なのである。
評論家やコンサルタントという肩書きで天才的だと英雄視される人はあまり見た事が無い。
経済界で神がかった評価をされたAlan GreenspanもFRB議長というプレーヤーであった。
(余談だが欧米の経済学者は立てた理論をちゃんと実行しているからカッコイイ。
言いたい事は小飼弾さんがブログに書いている 404 Blog Not Found こら!たまには実証しろ!!

それは人がなぜ評価するかの理由を探れば単純なのかもわからない。

リスクを背負って挑戦する人
強烈な重圧の中で結果が出せる人
自分じゃ想像も出来ないような事をサラリとやってのける人。

「あの人は天才だ」と言ってしまうのは、常に自分と比較してそういっているのだ。

就職活動で例えると、内定を既にもらっている学部4年生が大学院へ行こうと思った時、2つの選択肢があるとする。

1.大学院検討中という話は人事担当者に話さずに、受験が不合格だったら黙って就職しようとするAさん
2.正直に今は「働く」より「もっと学びたい」旨を人事担当者に説明し、受験する前に内定辞退を申し出るBさん

現実的に言えばAさんの方がリスクが無く、そうする人が実際に多いだろう。
しかし、大学院が合格した場合、辞退理由としてその経緯を話さなければならない。
彼女がいるのに他の意中の子に告白してOKされ、今の彼女に別れを告げるのようなものだ。

2は受験がもし失敗した場合、補填が無い状態。
親や大学職員等の支援者の心の安堵を奪い、今後どうなるか解らない。
まさしく「危険すぎる」。

だが、その周りにいる関係者は皆、感情をもつ人間なのだ。
リスクを背負って辞退を申し出る漢(Bさん)に理解を示し、「もし不合格だったら連絡しなよ」と言ってくれる場合ある。
とはいえ担当者の都合で決めるものでも無いので、内定辞退となってしまったとしても、きっとBさんを悪く思う事はないだろう。

何が言いたいかというと、自分の身に迫るリスクを知りながらも行動する人を、他人はそれを魅力的に感じてしまうということだ。
世渡り上手な人からみれば間抜けかもしれない。
だがそういうチャレンジャーを大衆は好む。
論点がズレたが、英雄視され称えられる人はその延長線上にあるのだと思うのである。

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