Good luck

今月、高校時代からの私の友人が日本を旅立ち、東南アジアを拠点としてビジネスを始める。これまで幾度と無く彼が持ち込むニュースに驚き続けていたが、今回はちょっといつもとは違和感を感じているので、回想録っぽくしてみて整理を試みたい。但し、ここに書かれている事は全て自分の視点からみた内容であることをことわっておく。

その違和感とは、国外へ行くからなのか、若くしてファウンダーとなるからなのか、或いはそれらが同時にしようとしていることになのか。
いつもなら彼から聞く仕事やプライベート話を「ほーいいねぇいいねぇ」と自分のスケール感覚からは逸れない程度で感想を抱けるのに、今回はまったく違った、どこか違う星に行ってしまうような感覚に近いのである。

結果論かもしれないが、地元を離れてから、今ここで京都で大学院に通うまでの一連の流れは、5年前に東京から地元に帰省していた彼からの「東京へ行くべきだ」という誘いからスタートしていたかもしれない。そして実を言うと、高校時代は彼とは特別仲が良かった訳では無く、私も彼もそれぞれ別のよくつるんでいた友人がいて、その間柄から今のようなモチベーションの原動力になる自分のキーパーソンへと変化したのは、間違いなく上京後の身も心も雑草魂な数年間の出来事である。

地方から東京へ来るという事、首都圏で武器(金、キャリア、人脈、学位)を持たずにいきなり「働く」という事、そして何より遅れて大学で学ぶという事、全国見回ればきっと同じような選択をしている人は山ほどいる。
しかし、地元愛知県豊橋市で生まれ育ち、家族や当時の恋人や会社の同僚や大学の友人などでは決して補う事が出来ない様な深層レベルでの精神的な変化を、非常に細い所まで共有出来る人が、金も友人もいない東京生活中に近くにいた(偶然住んでいる場所が徒歩2分位だった)のは、今となっては非常に有り難く思っている。

彼は10代の頃はもっぱらクリエイター系の人間であった。田舎の高校生からすれば、いとうせいこうや藤原ヒロシの様な、外で起こっている事を持ち込んでくるキャラであった。特にHIPHOPを好み、20歳の時に行った錦糸町のボロアパート(失礼)にはManhattan Recordsの段ボールにぎっしりとレコードが詰められて、Rolandのシンセサイザーや、バカでかい音響機器が立ち並び、とてもスーツを着るような仕事を選ぶとは思えない人であった。
そんな彼が、ある時から実家から持って来たデカイ東芝のラップトップを持ち歩きモスバーガーに裸のまま持ち込み、「インターネット広告で生きていく」と目をキラキラと輝かせて言い放ち、あれよあれよという間に当時の彼より10倍は詳しいと自負していたPC関係の技術・知識をいつの日か私が聞く側にまわるようになり、そして高校時代は私と彼も英検準2級に毛が生えたレベルだった英語は、今ではどこかのベンチャーと英語でアライアンス業務をするレベルまでに達し、指数関数的な勢いで成長していく様を目の前で見て来た。

「いつかは経営コンサルタントになりたい」
「20代のうちに起業をしたい」
「インターネットのみならずマーケティング全般のプロフェッショナルになりたい」

こういった言葉がよく行ったモスバーガーや公園で、あるいは仕事の後に神保町のキッチンジローで会うたびに飛び交い、その内容は日替わりでブラッシュアップする。時間を過去・今・未来という三視点で分けるとすれば、彼にとっては「今」が無い。「今」いっている事は彼の場合普通の人よりも賞味期限が短く、インターネット業界にいる身を置く宿命なのだろうか、毎度毎度ジグザグに変化する彼と議論をするのは、仕事とも勉強とも休息とも表現できない、面白い時間であったのは確かである。

そういった社会人学生の4年間はあっという間に過ぎ、卒業年の今年、私たちは場所もベクトルも違う道を歩む事となった。
それまでは自分は建築、彼はインターネット業界と、フィールドが違えど、ただ漠然と立ち止まらずに前に進もうぜ!といった具合で向かう先は一致していたのだが、私は学業と仕事の両立を維持する事が目的となって、留年大学と呼ばれる所で無事4年で卒業した事に満足している自分に嫌気がさし、リスクを承知で場所は京都に変え、専攻も変えた。その経緯は本日記とは関係無いので詳細は省く。
彼は経営学部に通いながら、日中はインターネットビジネスの仕事をしていたので、卒業後も職場にそのまま留まり、まさに職業人真っ盛りといった具合であった。私が卒業設計を提出した辺りの2月ぐらいからは、互いに予定が合わずにあまり会えなくなってきており、これぐらいの時期に、上述した嫌気を発端に、自分自身の考え方が変わり始めた時期でもあった。

それは愚直であったり、真面目であったり、努力するといった事の否定である。だからといって、合理的な考え方や生産性のプライオリティが最上という訳でも無い。あるプロスポーツ選手や、成功した経営者は「地道な努力が大切」だという。
「んなわけねぇだろ結果成功してれば経歴は何だって編集できるんだよ」と直観で思いつつも、かといって「努力」以外に明確な反論も無く、自分より年上の人物のこの手の話にただただ苛立ちを覚えていた。

オプティミスティックに世の中を見るよりは、シニカルな振る舞いの方が楽なように見える。何故なら大きな流れに乗っかっているからである。でも否定や冷笑ばかりをしていても、何も変わりやしない。
「頑張り」は、本質的な価値の根拠が無しにしても、人間である以上きっと今後も存在し続けるだろう。例えば「これだけやってきました」感が伝わる模型であったり、残業を好んでしたり、そういった前置きがあると、結果がともわなくてもしてる本人は前提としてどこか犠牲者意識を抱いているように思える。それを評価する人たちにとっては評価をせねばならない空気がそこに蔓延する。そこでそういった努力を否定し、成果のみをバッサリと評価できる耐力があれば良いが、現実そうはいかず、実際に模型がデカイから作りこんであるから評価された例はこれまで何度も見てきた。
自分の語彙じゃ上手く説明できないので、芦田さんの言葉を借りると「善意と努力が招来する亀裂は中々根深いものがある」ということである。
自分は成果主義では無いが意義無き努力は、その人を包む全体にとって不利益であり、「とにかく」「とりあえず」頑張る事を至上とする事も、「そんなの無意味だよハハハ」と否定する事も、どちらも愚であると危機感を抱きはじめたのである。

そんな中、先に引用した芦田さんのブログからある記事を読んだ。
2004年度卒業式式辞 ― 努力する人間になってはいけない
芦田さんが都内の専門学校の学長をされていたときの卒業式で話した式辞である。
著者のタグの中でも式辞シリーズは予備知識を必要とせず、わかりやすい言葉でタメになる暖かい言葉が詰まっており、Twitterでは毒舌キャラだが人を惹きつける変わったキャラクターである。
現在私は彼の言うことにものすごい影響を受けている。

式辞の後半に、こんな事が書かれていた。

「考えろ」は「変えろ、変われ」ということです。THINK=CHANGEです。

「考えろ」の反対語は、従って「行動しろ」ではありません。IBMの言うTHINKとは、考えてばかりいないで行動しろ、まずは行動だ」という場合の理論的な思考のことを言っているのではなくて、平たく言えば、工夫をしろ、やり方を変えろ、ということです。

だから〈努力する〉の反対が、〈考える〉ということです。THINKの反対語は「行動しろ」ではなくて、努力しろ、ということなのです。逆に、努力する人は考えない人なのです。

併せてこちらの記事も興味深い。
「努力すればスキルが向上して上に昇れる」というのは幻想

「人が育ってポジションにつくのではなく、ポジションが人を育てる」

まさにその通りだと思う。

どうしてこの二つの記事を引っ張ってきたかというと、彼の取った選択が表層の見栄や権威、キャリアを否定し、「本物」を得ようとしていて、2つの記事の要点を実際に行動に移しているからだ。彼の現在の職場に、そのまま働き続けていれば私からすれば魅力的なオプションが例えあるとしても、彼はこれまで過去→未来へと省かれていた「今」を選択した。

ここでいう本物とは、必ずしも本物だとは当然断定出来ない。というか、何が本物かわかっていればそこに行けばよい訳で悩む意味がない。
「レールの上に敷かれた人生」を拒む者はたくさんいる。
それを拒んで独立し、身の丈に合った仕事で細々と自営している人もいる。
権威に乗っかり社内政治を巧みにコントロールして階段を上る者もいる。
彼の場合、そのどれにも該当しない。今の若い日本人にとって、大企業で働く事が普通だとしたら、それを嫌って独立を志すのが少数派で、彼はそこからまたレイヤーの異なる選択をしたのだ。

今回の話を聞いて私が感じた違和感の正体は、おそらく彼が選んだ事に対して、リスク回避や権威主義的な匂いが微塵も感じなかった事だろう。その選択は彼にとっては、悩みに悩んだ末の苦渋の決断かもしれない。
しかし、彼の黎明期を傍から見てきた私にとって、今となってはその選択にもはや必然性すら感じている。
国立情報学研究所で見に行った、石井裕さんの基調講演を聞いて、「オリジナルこそ命だ」と何度も反芻した。
ダニエルピンク著の「ハイ・コンセプト-新しいことを考え出す人の時代」では、

・「機能」(実用性)だけでなく「デザイン」(有意性)
・「議論」よりは「物語」
・バラバラの断片をつなぎあわせる「調和」
・「論理」ではなく「共感」
・「まじめ」だけでなく「遊び心」
・「モノ」よりも「生きがい」

の6つの感性が必要だと書かれていた。
この6つの感性は、松岡正剛氏が提唱する「編集工学」そのものでもある。
書きたい事はもっとたくさんあるが、残念ながら今の自分の能力ではそれを言語化出来ないので、数年後にアップデートして書きたい。
この日記を書いているとき、タイトルはGood luckでは無く「頑張ってよ!」みたいなものだった。個人的に言うと、私は自分が敬っている人(憧れをもって接している人)では無い人から脈絡なく「頑張れ」と言われて喜べた事がない。かなり性格の悪い話だが、少なくとも「頑張って」と言われて、それが心の底から励まされる表現には聞こえないからだ。妙な距離を感じてしまう。

だからタイトルを改め、シンプルにGood luckとした。アメリカ人気質といわれる自分にはそれぐらいがちょうど良いし。彼は白洲次郎が好きだからこっちの方が良いはずだ。

またいつか錦糸町のヨシベーか、モスバーガーか、神保町のキッチンジローか、或いは三軒茶屋裏の公園で、自分も負けないくらい成長して話ができるのを楽しみにしている。

Good luck.

3 Replies to “Good luck”

  1. じっくりと読ませていただきました。本当にありがとう。出発が近いということもあり、また、出張のために今シンガポールでこの記事を読んでいるということもあり、かなり感慨深いです。涙がでました(笑)。アンサーポストをどこかに書きますね。ではまた。

  2. こちらこそありがとう。
    錦糸町ソングを併せてエンベッドしておきました。
    疲れたときに再生してください。

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