地獄の5日間

今週は心に身体に厳しい一週間であった。その模様を長文でお伝えする。

今週月曜日の夕方、東京行きの夜行バスの準備中に自営業をしている実家から電話がかかってきた。
季節的にまた年賀状の宛名印刷かなーと思い出てみると、いつもと明らかに口調が違っていた。
話を聞くと、会社のHDDが故障し、これまでと今進行中のデータが全て見ることが出来ず、明日から仕事が出来ないからかなりまずいと言う。

バックアップも取ってなければOSすら起動しない状態。
電話で詳しく聞きたくても、父親はエクセルの行と列の区別がつかないくらいだし、社員も問題点が把握出来ていない様子だったので、実家の為、ひいては自分のため、急遽新幹線で実家へ向かう事になった。

1日目

到着後そのままオフィスへ行って見てみると、HDDはヘッドが壊れたような鈍い音がしており、久しぶりに変な汗が出た。

まずは社員から事の経緯を聞く。
「エクセルを上書き保存中にブルースクリーンエラーが起こり、強制シャットダウン後それ以降OSが起動しない」との事。
その後、自宅へ持ち帰り自宅PCに接続してみると始めのうちはデバイスマネージャからドライブ名称は表示されていたが、次第に認識すらしなくなったらしい。

私が来た時には時すでにお寿司。
問題のHDDは話を聞いた中では論理故障っぽかったのに、症状は明らかに物理故障の匂いがする。
以降、翌朝まで原因解明にあたる作業が延々と続く。
memtest86でまずはメモリチェックを行うも本体は問題無い。

2日目

早朝AM5時。あらゆる方法で修復ソフトを試みるも、HDDは動かない。
プラッタが回転しようとする音すらしなくなったのでこの時点でHDDは諦めはじめる。
朝一の社内ミーティングで報告し、今週9日と10日に提出する見積書に添付する画像があれば他は手動でリカバリが出来るとわかり、その画像を撮影したカメラのSDカード2枚に会社の未来が託された。

もし、画像が見つからず、指定した書式の見積書が作れない場合、助成金が下りないばかりか最悪の場合失注の可能性が無くもない。
一般客であれば土下座して経緯を説明すれば許してくれるかもわからないが、相手はお役所関係なので、どうでもいいような書類もちゃんと揃えないとまずい。
最近の一番大きな仕事なので自分の大学院生活にも少なからず影響が出るので、単に助っ人の様な気分ではいられない。

不眠不休でSDカードの解析を試みる傍ら、セクタスキャン中は何も操作出来ないので、空いた時間に最近のチラシをチェックしてみると、それはあまりに酷い内容。ついでに「年明け時間があれば修正しようか」と思いながらサイトをチェックしていたら、嫌なものに目が止まった。
それは他社のコンテンツをhtmlごと無断コピーして使用したり、イメージ画像や説明文もそのままコピペするという暴挙。
今すぐに止めないとエラい事になると、ドメイン会社のログイン情報を社員に聞くと「それはHDDにあったから消えてしまった(キリッ」という。
(こういうのは契約した時点で全部載った封筒が来るしそれ以前に紙媒体で出力して厳重に保管しろよふざけるな)と頭の中で思いながらも、ドメイン会社からメール来てるでしょと聞くと、「Yahooメールだから自動削除されてる(キリッ」という。
3年前に自分が一度同じような事(人様のコンテンツの引用)を発見した時にすぐ削除しようと社員に聞いた、FTP接続情報のメールを思い出し、断片的な記憶を頼りにGmailとThunderbirdの検索ボックスに何度もキーワードを投げ続けて無事発見。
急いでサイトをバックアップして全削除した。

そうこうしている間にSDカードのスキャンが終わり、どの程度まで復元可能かDOS画面につらつらと表示される。JPGが217枚とAVIが10ファイル。いい数字だ。これで全部戻せればとりあえずは安心できると復元を開始する。

30分事務所の押入れで仮眠していざモニタを確認すると、現場写真らしきものがたくさん出てきた。
生憎自分以外は現場に出ていたので電話で伝え、戻ってきて写真を見せる。

「すごい!」と歓喜の表情。半分どや顔で結果を見せていくと、結局1/4は完全に復元出来ていることがわかった。
まだ解析は1度目だし、違う方法で抽出するツールもあるし、さらにカードはもう1枚ある。手当たり次第復元を行えばミッションがクリア出来るかもしれないと眠気は覚め、以後2徹に突入する。

3日目

8日の朝、結果としてこれ以上調べようがないところまで調べてギブアップ。
修復状況は1/4から少し増えた状態。
9日に出す請求書の作業をそろそろ始めないといけないので、この辺りで一旦調査をストップして謝る準備を始める。

並行して2度とこのような事態にならない為の対策も考え始める。
普通であれば社長にしろ社員にしろバックアップを取るなり最重要な情報は紙に出して保存しておいたりするのだが、悲しいかなそういう事を一切しておらず、「したほうがいいよ」はかれこれ5年以上前から言い続けているのにこの有り様なので、今回を機に完全に食い止めなければならない。

自分があーだこーだ不満を言うとモンペの様にうざがられ、丁寧に説明しようとすれば「お前みたいに詳しくないからわからない」の一点張りでしようがない。
ルールのようなものを文書にしたとしても、自分が京都に戻れば元に戻るのは確実。
さあどうすればよい。

HDDが故障した理由は、CHKDSKも使用出来ないので断定は出来ないが、会社のPCをシャットダウンをしないまま家に帰っていた事がおそらく原因だろう。
サーバーPCでもなんでもないただの古いデスクトップだし、思いっきりPCに負担をかけるようなソフトも使っていないので、それとホコリくらいしか理由が見当たらない。
とりあえずPCショップで安いSATAを2台購入してきて、自動ミラーリング設定をしておき、外出時、終業時は節電の意味も含めて必ずシャットダウンするように注意書きを残して別用で外出する。
用を終えて事務所に戻ると社員は外出しており、注意書きがある真横のPCはさっそく点きっぱなしであった。
他人の会社であれば完全にもう放っているがここは実家。
そろそろキレるのにも疲れてきたので、彼は失敗から学ばない病気という事にしておき、10分放置するとHDDをオフにする設定しておいた。

4日目

朝、信用を失いかねない危うい書類を提出しにいく。
何とか一命は取り留めたものの、顧客データベースの復旧や前日知ったHP問題、他の破損したデータの照合と復旧など、自分が実家にいる間に全て解決できそうにない問題が山積みである。

そんな中また次なる問題が発覚。
今度は膨大な数の事業所情報サイトに登録されている情報の連絡先が、今受信できない古いメールアドレスのままだったのである。
中には有名な情報サイトもあり、そこをみた潜在顧客がもしかしたらメールで連絡をしていたかもしれない。聞いてみると過去に例の社員が登録したまま放置していたらしい。
これはGoogle先生に効きまくって無効のアドレスと古い事務所の住所などを検索し、ほぼ全ての登録サイトをリストにして即書き換えるように指示をする。

さらに独自ドメインを取得する以前のプロバイダURLの過去のサイトも期待にもれずに消さないままになっており、別URLで事業所名は同じでデザインも連絡先も全く異なる二つのサイトが検索1,2位のまま2年くらい表示されていた事がわかり、もう怒るのをやめてすぐにプロバイダに電話をしてサーバーを停止してもらう。
ついでに退会手続きをしようとログイン情報を社員に聞くと以下略だったので、もう何も言わずにパスワード再発行の手続きをする。
これまでの自分がバイトとして社員として商業高校生として建築学部生として大学院生としてやってきたもの全てを駆使して実家の稼業数年分のデータを元に戻して、如何わしい部分はつくり直す作業を延々と続けて夜が来る。
実家に帰るといえば高校時代の友人と飯行ったり1時間くらい風呂入ったり精神と時の部屋ぐらいの時間スピードなのだが、今回は京都の研究室よりも数倍早い秒単位も無駄に出来ない状況である。

5日目

有終の美を迎える為にどの辺りを目処に終わらせるかを意識し始める。
データベースはACCESSもファイルメーカーもオラクルも知らないが、学部4年の終わりごろに数ヶ月バイトで通っていた研究所でさんざんやっていた経験が役に立ち、色んなフォーマットのテーブルを全部一元化して完了。
オフィスのPC達は新しくローカルネットワークを作ってUSBメモリでデータを移していたのを止めさせ、USBのプリンタは全てプリントサーバにし、全台マザーボードをチェックしてバックアップは2重体制を布いて「パソコンが壊れちゃって以下略」を二度と言わせない状況にしておいた。
ついでにPOPしか対応してないメールサーバーはGoogle様の力を借りてIMAPにしたり、最近覚えたVNCも準備しておき、実家にいなくても遠隔からひと通りの事は出来るようにしておいた。

件のサイトは自分が管理しやすいようにCMSに切り替え、今後ウェブ・紙面に問わず対外向けに何かする際は必ず自分を通す約束をした。外観は本当はおしゃれーな雰囲気にしたいが、ここは田舎の小さな事業所。逆効果なのは過去のチラシでわかっているので白を基調にシンプルに極々普通のサイトにした。
コンテンツはこれまでのスパムまがいの表現は全て廃止し、ネット上で無闇に風呂敷を広げないようにした。
ただでさえネットで商売をする事が難しく、信用第一の業界、順調にいくと思われたが、またもここでトラブルが発生する。
作り直しにあたり、各コーナーのテキストや方向付け、代表者メッセージなどの項目を幾つか用意し、随時作りかけをチェックしてその都度コメントをしてもらう予定だったが、コメントはおろか何もかも私にまかせっきりで、ここをこうしたいああしたいという要望が一切無い。
ホームページを作りたいとか言うが、いざどういったサイトにしたいという中身の段階に入ると、社長も社員も一切ノータッチである。それに段々苛立ち、逐一聞いてみても「難しい事はわからない」の一点張りだったのでついに父親にキレた。
何でもかんでも面倒くさい事は「わからない」で済まし、事あるごとにそれを言い訳にして何もしようとしない消極的な姿勢が気になったのである。HDDが壊れた時も、サイトに無断コピーをした時も、彼は社員に怒らず注意もしない。
「頼むからこういう所だけはちゃんとしてくれ」と悲しさの中でのキレっぷりであった。

6日目

呆れてすっかりモチベーションを無くした自分は後味が悪いまま帰る事となる。もっとHDDが故障後にPC点けっ放しにしてる社員に怒鳴って欲しかったし、人様のものをパクる姿勢にも怒鳴って欲しいし、サイトを作り直す時は現状の問題点をピックアップして活発な議論をしたかったし、悔やんでも仕方が無いが、自分の理想とはほど遠い結果に満足は出来ていない。
こういった時、自分の自信も一緒に失墜する。
ひょっとしたら単なる押し売りじゃないかとか、 何を一人ムキになって背負ってる感出してるんだとか、私の内にある「当たり前」がことごとく崩れていくとそうなってしまう。

父親は学生の自分が見ても商売をする人間では無い。
人を蹴落したり、例の社員にガツンと言えないし、戦略的に物事を考えようとしない。業者やお客さんに死ぬほど優しく、誠実さと業者からの厚い信頼でここまでやってきたのだと20歳くらいからずっと思ってきた。
その「誠実さ」が、Face 2 Faceであればわかってくれるかもわからないが、それにネットが絡んでくるとそうはいかなくなる。
同じ名前の違うデザイン・連絡先のホームページがあったらどう思うか、数百万円の商売なのに先着○名様とかばかりキャンペーンをはってたらどう思うか、 メールアドレスを変えてネット上の情報をそのままにしておき、もしお問合わせがあってそれに気づかず無視したらどう思うか、他社サイトのコンテンツをまるごとコピーしていたらどう思うか、本人は悪気は無く真面目にやっているつもりでも私から見ればどうしても無視出来ないものばかりであり、「なぜ」いけない事なのかも共有出来ていなかったので尚更苦しんだ。

自分が京都に戻ればPCの電源は点けっ放しだろうし、サイトの更新を限りなくしやすくした所で何もしないだろう。
数年前からそうだったので、今回もきっとそうに違いない。
いつか痛い目を見てわかればいいと思っていたが、今回全データ破壊というこれまでにない最強の”痛い目”なはずなのに、結局、罪の意識は無く、パソコンが勝手に壊れて仕事が出来ない被害者のような面持ちだったので、今後は放っておこう。
と言いたい所だが実家なので看過できない自分がいる。

そんな訳で心も身体もクタクタでありながら、幾度と無くヒき、そして最後まで失敗から学ぼうとする態度が伝わらなかったので物凄いストレスを土産に持ち帰った1週間であった。

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